新着記事

120年の歩みを誇りとして 西多摩のインフラ整備に尽力

地域

120年の歩みを誇りとして 岩浪建設 人のため 社会のために

西多摩のインフラ整備に尽力

建設業の役割に社会インフラと住環境の整備がある。明治から令和へと時代が移っても、その重要さは変わらない。青梅市長淵に本社を置く岩浪建設は120年の歴史を誇る。この間、5度の事業承継を重ね、歴代の社長たちは豊かな郷土づくりに取り組んできた。【岡村繁雄】

創業は、あの日露戦争がはじまった明治37年(1904)。初代の岩浪馬二郎氏が、東京府事業の住民総代請負人として青梅と五日市を結ぶ二ツ塚峠の新道開削に携わった。工事受注時の立場を見ても、岩浪家が往時から地元の中心的役割を果たしていたことがうかがえる。

二代目となる岩浪光二郎氏への事業承継は大正年間に入ってからのこと。土木工事だけでなく、建築も手がけることで地域発展の一翼を担ってきたのである。光二郎氏の代における代表的な仕事には青梅鉄道(現JR青梅線)の本社駅舎がある。大正13年(1924)の新築だが、当時はまだ珍しい鉄筋コンクリート造3階建て。いまも利用されていて、ノスタルジックな雰囲気を漂わせる。

このころは西多摩以外、23区内などでも事業展開していた。建設業してのノウハウも着実に備わってきたといっていい。それに加えて常日頃から創意工夫もおこたることなく、官民いずれの顧客からも確かな信頼を勝ち得ていく。

調布橋の二代目架替を施工

戦争と再興の時代

そして昭和10年(1935)、すでに家業を引き継いでいた岩浪清氏が合資会社岩浪組を設立。代表社員に就く。とはいえ、巷(ちまた)には軍靴(ぐんか)の響きが聞こえるようになり、翌々年には盧溝橋事件が勃発し、太平洋戦争に向かう厳しい時代がはじまる。戦時中は企業統制令により、この地域の数社も西多摩土建株式会社に統合され、清氏が社長を務めた。この時期、岩浪建設が3度にわたって関わることになる調布橋の二代目架替を施工している。

四代目の岩浪太助氏は、光二郎氏の次男に当たる。終戦翌年、西多摩土建に入社。23年(1948)に同社が解散すると、岩浪組を再興し、代表取締役になった。さらに、30年(1955)には現在の岩浪建設株式会社に改組。青梅、あきる野間の満地トンネル築造や都立羽村高校の新築工事を請け負う。西多摩も発展途上にあり、同地域を地盤にという会社としての方向性は、太助氏の時代にほぼ定まった。

2019年に開館したS&Dたまぐーセンターを施工

今後の建設ニーズ

現会長の岩浪勝二氏が五代目社長に就任した昭和50年代末は、西多摩も建設ラッシュを迎えた。岩浪建設は圏央道あきる野インターチェンジの橋脚工事を成し遂げ、共同企業体(JV)方式が推奨されていた都のプロジェクトでは、警視庁五日市警察署庁舎工事などで要となった。JV参画の経営的効果は、大手ゼネコンの技術や福利厚生も手本にできたことである。同時期には民間の工場や倉庫の建築が増加した。

そして六代目。現社長の岩浪岳史氏は、上智大学を出た際は、競走馬を育成する社台グループに籍を置いた。やがて30歳で家業に戻り、平成20年(2010)に社長を受け継ぐ。折もおり、バブル崩壊後の低迷が続く失われた20年の最後の年。経営改革に取り組む岳史氏を、会長に退いた勝二氏が黙って後ろ盾になったという。岳史氏になってからの実績では、青梅市民会館跡地に建てられたS&Dたまぐーセンターが目立つ。

とはいえ、建設ニーズは新設や新築からインフラおよび建物の維持・更新に変わってきた。そこで成果を上げることが即、同社の地域貢献につながる。7年ほどまえ、あらためて企業理念を「人のため社会のために」と決めたのも、そうした時代背景があるからにほかならない。

120年前、西多摩郡調布村で事業を興して以来、営々と築き上げてきた岩浪建設のこれからが岳史氏の双肩にかかっている。

岩浪岳史社長に聞く

岩浪岳史社長

 ―歴代社長に共通する考え方は何か?

中国の古典にある「創業は易く守成は難(かた)し」だと思う。新たに事業を興すよりも、それを衰えさせないように守っていくほうがむずかしいという意味だ。社史を振り返ると、歴代社長がその通りの舵取りをしてきたと感じる。

 ―それは会社を受け継ぐ覚悟にも通じる。

家業を継ごうと実家に戻ったのは30歳のとき。タイミングとしてはバブル景気後の“失われた20年”に当たる時期。前職での経験を生かして岩浪建設の経営力強化に取り組んでみたいと考えた。

 ―地場のゼネコンを経営して15年。社長の使命感を聞きたい。

売上高がピークだったバブル期を過ぎても、圏央道などの大きな工事を受注することができた。弊社が百年企業になれた理由は、西多摩で認められたということ。その意味でやるべきことは、地域経済を支えていくことだろう。7年ほど前、企業理念を「人のため社会のために」としたのは、その決意を示したかったからだ。

 ―今後の業界動向と経営戦略は?

人口減少と高齢化社会への対応が大切になってくる。これからは新規需要が増えるのではなく、メンテナンスや更新をして、長く使っていくようになるだろう。基本的には全体の都市計画は行政サイドが行い、我々が施工する。さらに、最近の激甚化している自然災害への対応も不可欠。復旧・復興だけでなく、防災・減災の視点も必要だ。この2つが業界の生き残り戦略といっていい。

岩浪建設株式会社

設 立 昭和10年11月15日合資会社設立 昭和30年7月7日株式会社改組

所在地
【本社】東京都青梅市長淵七丁目318番地
Tel.0428-22-6241(代)  Fax.0428-22-6240
【資材センター】東京都青梅市長淵五丁目1420番地  他

Copyright© 街プレ -東京・西多摩の地域情報サイト- , 2024 All Rights Reserved Powered by STINGER.