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福生の「引田屋」創業100年目 愛され続ける味

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3代で次ぐまちの定食屋

100 年ののれんを守る田中さん

100 年ののれんを守る田中さん

福生市民の胃袋を満たし、愛され続ける定食屋「味食道引田屋」(福生市本町、042‐551‐0218)が今年、創業100年目を迎えた。今年の初営業は1月6日、新たな気持ちでのれんを掛けた。紺地に白文字の素朴なのれんをくぐると、いつもと変わらぬ店内だが、そこには3代で愚直に料理と向き合ってきた歴史がある。

種類豊富な定食が看板だ。種類はざっと30ある。1番人気は豚バラ白菜定食。3代目店主の田中達也さんが考えたもので、鍋を特製のポン酢で食べる。

店前の銀座通りが示すように昭和の高度成長期、周辺は西多摩を代表する繁華街だった。あきる野市引田の出身の初代政一さんが1925(大正14)年に始めたうどん屋を、2代晋さんが定食屋に変えたのもその時代、1965(昭和40)年だった。

定食全般を扱う店だったが、評判を呼んだのが焼肉定食。赤ミソとニンニクを効かせたタレと豚バラ肉の相性が抜群で、看板商品となった。焼魚や煮魚なども喜ばれ、多くの利用者で賑わった。

バブル経済の崩壊とともに商業形態の変化や商業地区間競争が激しくなると、銀座通りにも影が差し、下りたままのシャッターが目立つようになった。

田中さんは大阪の調理師学校を卒業後、銀座の「割烹味岡」で修業。その後は店の常連だった道場六三郎さんの道場「ろくさん亭」の門を叩いた。味岡での3年間、田中さんの仕事ぶりを見てきた道場さんが入門を許可。厳しい修行の日々を送り、27歳の時、道場さんが世話していた「銀座食いしん坊 松乃助」の料理長に大抜擢された。

10年後、オーナーが店をたたむことになり、道場さんの「実家に帰ってやれよ」の言葉で、福生へ戻った。

店は現在、総勢5人で切り盛りする。父親と妻を送り、店は田中さんの双肩に掛かるが、東京の日本そば店に勤める長女がフレンチのシェフを務める彼氏と今年中には結婚する予定だ。4代目のバトンを押し付ける気持ちはないが、胸の隅に希望を湧いた。

田中さんは「3代のれんを掛けてこられたのはお客さんが良いから。子どもの頃から来ていた人が今度は自分の子を連れてきてくれる。うれしいことです」と顔を崩した。

定食のほとんどは1000円でおつりがくる良心的な値段だ。 営業時間は11時〜15時、17時〜21時。日曜定休。

人気の豚バラ白菜鍋

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