御岳の入口に払沢トンネル

スケッチのトンネルは、吉野街道(都道45号線)の御岳の入口に、1987(昭和62)年の拡幅工事の以前にあった、狭い、素掘りの「払沢トンネル」の様子です。
現在では、ダンプトラックなどの大型車でも、すれ違えるトンネルに拡幅され、崩落を防ぐコンクリートの内壁工事が施工されていますが、以前のトンネルでは、すれ違う際に壁面に寄ると、ゴツゴツした岩肌に触れないか気になる、素掘りの内壁でした。2つのトンネルのうち、東側吉野寄りのトンネルは「御岳トンネル」、西側の御岳よりの短い方は「払沢トンネル」と呼ばれています。
多摩地方で「払沢」と言えば、檜原村本宿の「払沢の滝」が何と言っても一番有名でしょう。流れる水の姿が仏具の払子(ほっす)に似ているところから、その名で呼ばれるとの説があるそうです。御岳の「払沢」の方は、旧御岳村の東端の小字が「払沢」で、隣の吉野地区旧柚木村の築瀬(つくぜ)に続く御岳の入口に位置しています。
車社会の現代では、青梅市の御岳山への入口と言えば、トンネルを過ぎて更に吉野街道を進み、ケーブルカーの滝本駅に向かう、御岳2丁目の交差点を曲がった所に、道路をまたいで建つ「赤い立派な大鳥居」は現代のランドマークですが、その昔、御岳詣の人々がまだ徒歩で旅していた江戸時代、歓迎のランドマークは「一の鳥居」でした。
このスケッチの払沢トンネルと御岳トンネルの直上に、今も残る山中の旧吉野街道の路傍に石造の「一の鳥居」が現存します。
御岳村中の奉納で、1810(文化7)年の7月に建てられ、1886(明治19)年に、街道が斜面の低い位置に整備された際に「一の鳥居」も移設されたのがトンネルの直上です。
1960(昭和35)年、青梅市は「一の鳥居」を、歴史を今日に伝える史跡として指定しましたが、東京都の手で吉野街道が本格的な自動車道に改修されて行く中で、歩行者の利用が途絶えたトンネル上の旧道は、廃道とされ、武蔵御嶽神社の由緒と200年を超える歴史を直接伝える史跡「一の鳥居」は市内で、最も見学の難しい文化財の一つとなってしまいました。
注:拡幅以前は、ダンプなどの大型車は反対車線と交互通行。 1987(昭和62)年3月に拡幅・改修工事が完了しています。先行の車あれば、トンネル外で待機、信号機もないが譲り合い通行でした。
(画・文大倉十彌也)
■大倉さんは、NPO法人 青梅まちづくりネットワークが開催する「青梅うんちく散歩」の案内人。長く青梅市職員として文化財、教育行政に携わってきた。著書に「青梅再発見」などがある。
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