「&KASEN」 次の100年につなぐ田村酒造場の挑戦「丁寧に造って、丁寧に売る、丁寧に伝える」

「&KASEN」始動した田村社長
江戸時代から続く伝統の地酒「嘉泉(かせん)」を醸す田村酒造場(福生市福生)。この老舗酒蔵で7月1日、次の100年へと伝統をつなぐ新プロジェクト「&KASEN(アンドカセン)」の展開が始まった。伝統を守りながらも「ブランドのプレミアム化」と「インバウンド(訪日外国人)対応」という現代のパラダイムシフトへ挑む同社。その基盤には、16代目当主・田村半十郎社長が専務時代から「進取の気風」にあふれ、時代に先駆けて積み重ねてきた確かな取り組みがある。田村社長の歩みを、時系列とともに追った
近代化への第一歩、大規模な蔵改築
田村社長の果敢な挑戦の原点とも言えるのが、1990(平成2)年に主導した大規模な蔵の改築である。年商の2倍もの投資を行って建物を整備し、近代的な温度管理設備を導入した。
これにより、高齢化が進む新潟県の越後杜氏や岩手県の南部杜氏から、地元西多摩出身の蔵人へと醸造の担い手を切り替える流れを確立。四季を通じて安定した高品質な酒造りができる環境を整えた。家訓である「丁寧に造って、丁寧に売る」の精神を最新技術と融合させ、後のプレミアムな酒造りを支える強固なインフラを築き上げた。
広報誌「ひねりもち」が紡いだ開かれた酒蔵への道
蔵のハード面を整えた田村社長が、次に挑んだのが「情報発信」というソフト面の革新だった。1997(平成9)年、自らが中心となり、広報誌「ひねりもち( 嘉泉酒造通信)」を創刊。
「ひねりもち」とは、酒米の蒸し具合を確かめる伝統技法に由来する。田村社長は、酒蔵の奥深い人間ドラマや伝統の技を広く伝えるため、2007(平成19)年までの10年間で計20号を発行。「嘉泉杜氏列伝」などを通じて酒造りの裏側をみずみずしく描き出し、開かれた酒蔵の礎を築いた。

計20 号を発行した「ひねりもち」
訪日客向け「東京和醸」と、こだわり抜いたプレミアムブランド『田むら』の展開
世界の目が「TOKYO」へ向く中、田村社長はブランドのプレミアム化とインバウンド対応を加速させた。2015(平成27)年には、訪日観光客に向けてMADEIN TOKYO の日本酒「嘉泉 特別純米 東京和醸‐TOKYO WAJO」を発売。東京都の花であるサクラと街並みをあしらったパッケージは空港や土産物店で人気を博し、海外へ東京の日本酒文化を伝える一翼を担った。
同時に、プレミアムブランド「田むら」の育成にも注力。酒米の王様、山田錦を用いた純米吟醸や、山形県の希少米「山酒4号」による純米吟醸など、原料と製法を極限まで突き詰めたラインナップを展開した。「田むら」と「東京和醸」という2つの戦略が、「嘉泉」のラグジュアリーな世界観を確立させた。
「&KASEN」始動、最高峰の体験を世界へ
専務時代から培われた挑戦の姿勢は、日本酒の複合体験施設「&KASEN」のグランドオープンという形で結実する。施設内には、「田むら」を最高の状態で愉しめる「SAKE‐Bar」や、酒と食のペアリングを提案する創作和食「Restaurant」を併設。国内外からのゲスト受け入れにも対応しており、多言語での案内やサポートについては個別相談にのるという。
かつて田村社長が広報誌「ひねりもち」に込めた「酒造りの本質を伝える」という熱い想いは、時代を超え、東京・福生から世界へとプレミアムな価値を発信するリアルな体験の場として、しっかりと実を結び、「丁寧に造って、丁寧に売る、丁寧に伝える」を形にした
2016(平成28)年に上皇、上皇后両陛下(当時は天皇、皇后陛下)を迎えた酒蔵は、200年の歴史の中で厳粛な品格を備えてきた。田村社長は「『&KASEN』は、ホスピタリティーあふれる現代的なサービスに、その品格を融合させながら、福生の観光、そして日本酒の伝統文化を力強くけん引するものにしたい」と前を見つめる。


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