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まもなく保育還暦 レジェンド保育士小峰眞さん 奥多摩町川井

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レジェンド保育士小峰眞さん(77) 奥多摩町川井

「生きている限り保育士を続けたい」と話すのは、奥多摩町古里保育園(師岡さと子園長)のレジェンド保育士、小峰眞さん(77、同町川井)。同園で毎年公演している保育士による職員劇団「古里っこ」では若い保育士に負けず全力で役を演じ、子どもたちや保護者の笑いを誘う。

「大ベテランの小峰先生がいると私たちは安心して保育ができる」と同園の清水さゆり主任。

50年以上、同園で使われているという小峰さん直筆の「とけいのうた」の歌詞カードを見せてくれた。

新宿区で生まれた小峰さんは1歳になった頃、父の実家があった奥多摩に疎開。日原集落から4㌔ほど手前の倉沢という集落で幼少期を過ごす。

2時間かけて小学校に通い「帰り道にカエルを捕まえてさばき、枝に刺して家に持ち帰っていた」。「祖母には『眞がいてくれて助かる』と褒められた」と食糧難だった戦後のことを教えてくれた。

「奥多摩工業の石灰を運ぶトロッコに飛び乗り、身を隠して集落まで帰った。冒険のようで楽しかった。怒られたけどね」といい、「戦後は厳しい時代だったと思う。洋服もボロボロだった。それでも自然の中で暮らしていたことは楽しい記憶として残っている」と懐かしそうに振り返る。

青梅の高校を卒業後、保育士資格取得に向け勉強しながら同町氷川保育園で勤務。3年で資格を取り、産休代替として同市の保育園で働く。26歳で結婚し、28歳で出産。子どもが1歳になると古里保育園に子どもを預け、自身も同園で働き始める。

師岡園長が新人の頃には年長クラスの担任を一緒に受け持った。師岡園長は「1年目にスキーで骨折した時に、小峰先生に2クラス70人の面倒をみてもらった。大変だったと思う」と新人時代に世話になったと話す。

古里保育園で定年を迎え、その後はあきる野市の保育園で5年務めた後、古里保育園に戻る。長い保育士歴の中で現場を離れたのは育休の1年だけ。

「自分にこの仕事が合っているとは思っていない。昔はすごく子どもに厳しくしていた。嫌がる子どもに無理強いさせたこともあった。今は丸くなったけど」と言うが、「家でぼーっとしていても楽しくない。ここでかわいい子どもたちを見ながら、働くことで安心する」と話す小峰さんの天職は、やはり保育士なのだろうと思ってしまう。

「自分が面倒を見ていた子どもたちの多くが役場で活躍している。今度は私がお世話になる番ね」と笑った。(提供:西の風新聞)

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