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コラム

和楽路会創立80 周年 100 周年へ記念誌制作 座談会で理念と実践を確認

青梅市 貫く郷土愛 政治と向き合い有言実行

座談会に参加した小峯会長( 前列左)ら

青梅市東部の旧霞地域で地域活性化と会員相互の親睦に取り組む団体、和楽路会(小峯國男会長、会員数約85人)が今年で創立80年を迎える。節目を飾る記念誌の発行を年内に予定しており先頃、記念誌に掲載する座談会が同市野上町の霞共益会館であった。小峯会長(81)らが会の理念と実践を語り合った。

同会は太平洋戦争開戦1カ月前の1941(昭和16)年11月に結成された。77年には若手で組織する第2和楽路会が発足。座談会には第2の草創のメンバーら8人が出席した。

冒頭、小峯会長は「これからの100年につなげていくために80周年記念誌を出したい。会の歴史と活動、使命を話し合ってもらい、今後の方向性も考えていただければありがたい」とした。

草創期をよく知る石川清さん(84)は「私が青梅消防団第3分団長、山際さんが副分団長だった。消防の活動を終え山際さんと第1和楽路会の活動を機動的に補佐する役割で、若い者たちで第2和楽路会を作ってみたいという話になった」と発端を語り、「先輩が昭和16年に創立させ、36年後に第2ができた。戦中、戦後とは社会、時代が違うが、郷土を愛し地域振興を願って動くとの精神はしっかりと受け継いでいる」とした。

山際國允さん(79)は「根底は郷土愛。豊田正作先生の情熱、志を受け継いで地域の役に立ちたいと会が生まれた」とし、今もその精神は変わらないとした。

山下英夫さん(89)は「草創の精神を連綿と受け継ぎ、会を引っ張っていただいた皆さんに感謝でいっぱいだ。和楽路会は霞地区の交流の基盤になっている」と振り返った。

霞地区の交流の基盤

同会は政治にも高い関心を寄せ、有言実行を貫いた。第2の発足の年は夏に都議選があり、地元から市議の水村一郎さんが立候補した。山下さんが事務局長を務めるなど第2は選対の実動部隊の役割も担った。石川要三青梅市長を国政に送る一翼を担ったのも同会だった。

数野國明さん(76)は「社会状況を注視し、時の政治にしっかり向き合い、意見を語り合い、言うべきことを主張してきたのも和楽路会だと思う」と評価した。

川鍋良一郎さん(81)は「第2和楽路会の創立当初、『これからはおまえたちの時代』と言われた。議論したことを発信していくことが大事で、市長選や都議選、国政選挙の時に声を上げ、青梅市の発展に繋げていくことが大切だと思う」とした。

地域を知ることにも力を注いだ。指田健治さん(80)は「地域の歴史や文化も一生懸命に勉強した。仕事を持ち、仲間と共に地域活動ができることは幸せなことだったのだと振り返ることができる。苦労があっても助け合っていくのが人生なんだと和楽路会を通して今は感じている。コロナ禍の社会で一層その思いが強くなった」と話した。

小峯会長は「和楽路会はこれから霞地区をどうするかで始まった。理念が継承され、勉強会や研修会を開き議論してきた。80周年の節目に100周年に向けこれから青梅をどうしていくかを話し合っておくことは大切だ。国内外ともこれから20年経つと激変していくだろう」と未来に思いを馳せた。

関塚博美さん(75)は「この80年で青梅市は大きく変わった。中でも霞地区は最も人口が増加し、地域社会も変化した。その中で和楽路会の理念と実践を受け継ぎ、具現化していくことは100周年に向けて大きな課題になる」と締めくくった

父の背中 先代の仕事と教え ■1■

「まぼろしの酒」誕生秘話

田村酒造場 田村半十郎氏

戦後、新宿や上野の闇市ではメチルアルコール入りのバクダン、酒粕から造ったカストリ焼酎が飲まれていた。だから、戦時統制を乗り切った酒蔵が甘口の酒を出すと飛ぶように売れる。この傾向は、その後も長期間続く。

「昭和40年代後半、父はそんな状況に胡あ ぐ ら坐 をかいていたら、いずれ客から見放されると考えた。いい酒を福生から出そうと、文政5年(1822)以来の伝統を貫いて辛口。しかも精米歩合65%の本醸造にし、当時の一級酒と二級酒の間の値段で勝負したと聞いている」

田村醸造場蔵元の田村半十郎(誠一郎)氏はこう話す。

彼が父と呼ぶのは田村家15代目半十郎(昌一)氏、酒造りをはじめてからは7代目に当たる。大正12年(1923)生まれ。学徒出陣とシベリア抑留という過酷な体験を持つ。

「昭和22年8月に復員してから、しばらくは心身の疲れを癒していたらしい。九死に一生を得ただけに、祖父から任された家業には身を入れて取り組んだ。越後(新潟県)や南部(岩手県)から働きに来ていた杜と う じ氏 たちを家族のように大切にした姿がいまも思い出される」

代々「丁寧に造って、丁寧に売る」がモットー。蔵人とともに笑い、ともに喜ぶ精神がそれを実現させてきた。ヒット商品となり、田村酒造場の代名詞にもなった特別本醸造まぼろしの酒『嘉泉』が、その証明といっていい。

「高度経済成長期にはボロ儲けもできたかもしれない。しかし父は、将来の日本酒のあり方を見据え、常に品質の改良を怠らず、適正な利益をめざした。そんな経営方針は、私が大学を卒業し、2年半大手の酒造メーカーに勤めてから、実家に戻ったときに教えられた」

誠一郎氏が専務に就くと、業界や商工会などの会合には一切顔を出さなくなった。

すべて息子に世代交代したのだ。昌一氏は13年前に他界しているが、誠一郎氏はいまでも、商売で困難にぶつかると「こんなとき、親父ならどうするかな……」と考えるという。

【岡村繁雄】

連載「父の背中」が今号からスタート

西多摩で活躍する各分野のリーダーたち。彼らは父親から何を受け継いだのか……。7月8日号からスタートする『父の背中‐先代の仕事と教え』では、子の立場から見た父親の働き方を紹介。いまの時代にも通じる理念や行動を連載で見つめていく。

にしたま夏酒紀行

小澤酒造 さわ音

 青梅市沢井の小澤酒造(小澤幹夫社長)は8月頃まで、「さわ音」を販売しています。酸味のきいた、さわやかな純米生酒。米の旨みが口の中に広がり、するりと流れるような味わいが特徴。料理にもよく合う酒です。720㍉㍑で1133円(税込み)。

■夏酒紀行は終わります。

コラム執筆者

編集室システムU

西多摩地域を中心とした東京25区管内の政治、行政、経済社会、トピックスなどを配信する「東京25ジャーナル」の編集室。
“地域の今”を切り取ります。

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