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2021 選挙検証 ③野党 志清会が単独過半数

あきる野市議選市長選へ臼井氏存在感 だがハードルも

6月のあきる野市議選は定数21に27人が立候補した。ただ、泡沫が多く、実質は当落線上の4、5人の中で2人が落ちるサバイバル戦だった。投票率は前回を2・25ポイント下回る50・01%だった。    (東京25ジャーナル・岡村信良)

個人の当落より注目に値したのが2年前に誕生した村木市政に対する米国大統領選でいう中間選挙との位置づけだ。市長派が過半数を確保できるかだったが、実際は戦わずして負け。市長の欠員の埋め合わせもできず、過半数の候補を擁立できなかった。村木市政誕生の立役者となった市民連合あきる野関係者からの立候補はなく、自らは直接議会にかかわらないという弱さを露呈した。

市長派は当落線上で重鎮の奥秋利郎氏、合川哲夫氏、立憲民主新人の中野義治氏が争い、奥秋氏が次点に泣き、合川氏は最下位当選。地盤のない中野氏は及ばなかった。 一方、市長に対抗する志清会は新人2人を迎え、11議席で単独過半数を得た。9月議会からはこれまで以上に、強い姿勢で村木市政に対峙している。

市議選は2年後の市長選の候補者レースのスタートともなった。3448票。市議選史上最多得票となった臼井建氏(志清会)が存在感を示した。「これで市長候補は決まり」との声が周囲からは挙がっている。臼井氏もその腹積もりだろう。

臼井氏は市議選でサラブレッドの本領を発揮したが、それが足かせになるとの見方もある。父親の孝氏は秋川市長、都議、あきる野市長とおよそ36年間秋川流域に君臨してきた。西多摩切っての大物政治家の1人だが、晩年のあきる野市長時代はその輝きは消え、沈黙した。共産党などからは「あきる野市の厳しい財政状況の原因を作った戦犯」と批判されてきた。

臼井氏が立候補の意思を示せば、孝氏が引退して2期8年、旧五日市町だけでなく、旧秋川市からも「また臼井か」の声は少なからず出るだろう。

選挙後の新議会からの議長は中嶋博幸氏(同)が務める。その前は天野正昭氏(同)だった。議長は慣例で2年間務める。2年後は順番なら村野栄一氏(同)だ。

旧五日市町のある長老は「次は旧五日市町からの先輩に譲り、待つべき。一生懸命応援に回り、基盤を更に強化することが得策。待てば議長も経験する。1期待つべきは父親が衆院選出馬の際にも言われたこと」と指摘する。

それでも臼井氏には都職員として積んだ豊富な行政経験があり、政策や議会での論戦で力の差を見せれば、「また臼井か」「1期待つべき」などの声は消えるだろう。

先輩議長の天野氏、中嶋氏は旧五日市町の選出。旧秋川市の議長経験者では堀江武史氏(同)、子籠敏人氏(同)もいる。村木市長と対決するのは誰か。再来年の市長選まで志清会の候補者選びが注目される。

社長業と奉仕活動に尽力

岩浪建設 岩浪岳史氏

明治37年(1904)、岩浪建設は当時の西多摩郡調布村で事業を興した。以来、今日まで公共および民間の工事に槌音を響かせてきた。土木から建築まで、地域発展に貢献した数多くの実績が〝百年企業〞の誇りだ。

「会長の岩浪勝二が社長に就任した80年代前半は、西多摩も建設ラッシュを迎えた。都のプロジェクトでは共同企業体(JV)方式が推奨され、わが社も受注高を伸ばすとともに大手ゼネコ技術

や福利厚生も手本にできた」

岩浪岳史社長は、先代のマネジメントをこう語るが、順風とはいえ社業を盛り上げた勝二氏の手腕は見事。1944年生まれ。駒澤大学を出て、大手ゼネコンに勤務。岩浪建設入社後は営業を担当し、調布橋、霞川調節池などの大型物件も受注した。

「父の趣味は登山。駒大のワンダーフォーゲル部で鍛えられ、社会人になって日本山岳会の推薦で南米大陸ペルー、ボリビアのアンデス山脈の未踏峰、ワイナポトシ峰に初登頂。遠征に際して西多摩建設業協会や青梅建設業協会の有志が壮行会をしてくれたという」

そんな仲間に恵まれたのも、勝二氏は青梅市消防団で団長を委嘱されるなどの活躍をしたからだろう。岳史氏がいま、青梅交通安全協会会長を務めているのも、父親の責任感に満ちた奉仕活動をすぐそばで見続けてきたからに違いない。

「私は上智大を出て、競走馬を生産する社台グループに籍を置き、馬主とも折衝していた。30歳で家業に戻ったが、ときあたかも失われた20年の最中、私も加わって経営改革に取り組んだ。社長だった父は黙って後ろ盾になってくれた」

岳史氏が社長を継承したのは2010年のとき。建設業界に求められるのはインフラの維持・更新に変わってきているが、その施工が地域貢献であることに違いはない。5年前、企業理念を「人のため社会のために」と決めたのは、先代から受け継いだ精神にほかならない。      【岡村繁雄】

檜原村、古甲州街道の動画を制作

松姫研究会がユーチューブで公開

動画CDを持つ世話人代表の吉本さん(右)と撮影を担当した森下さん武田信玄の息女、松姫と檜原村の関係について調査し、地域おこし活動をする檜原村松姫研究会が動画「新檜原村紀行 古甲州街道・浅間尾根を馬と歩く」を制作し、9月15日、ユーチューブで公開した。

動画CDを持つ世話人代表の吉本さん(右)と撮影を担当した森下さん

古甲州街道はかつて江戸と甲州を結ぶ道として多くの人が行き来し、村の物流の大動脈となってきた。武田家滅亡の際、古甲州街道を通って松姫が八王子に落ち延びたとの手掛かりもある。

動画ではこうした歴史を忍んでもらい、豊かな自然が残る道が今は多くの登山者に愛されていることを、会員の森下晴男さんが作詞作曲した「時坂の夏」の歌に乗せ紹介している。 同会世話人代表の吉本昂二さんと森下さん動画CDを持つ世話人代表の吉本さん(右)と撮影を担当した森下さんらメンバーは、払沢の滝バス停から数馬の浅間登山口バス停までの約12キロを1日かけて歩き、馬頭観音や小さな祠(ほこら)、眼下に広がる集落など古甲州街道の魅力を15分の動画にまとめた。美しい自然もドローン撮影で空から追った。

撮影・編集を担当した森下さんは「馬頭観音が3つもあった。物流で馬が果たした役割は大きく、昔の人は馬を家族のように思っていたのだろう。タイトル通り、動画では馬が案内役を務めている」と話す。

同会はこれまで講演会や歌のイベントなどを通し、松姫を中心に村の魅力を発信してきた。新型コロナウイルス感染拡大で人の集まりが制限される中、動画は活動継続の思いも込め制作した。

コラム執筆者

編集室システムU

西多摩地域を中心とした東京25区管内の政治、行政、経済社会、トピックスなどを配信する「東京25ジャーナル」の編集室。
“地域の今”を切り取ります。

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