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コラム

新作は『北斗の邦へ翔べ』

谷津矢車さんがUターン

青梅市出身の歴史小説家

新刊を手に故郷で創作意欲を高める谷津さん(青梅市役所のテラスで)

青梅市出身の小説家・谷津矢車さん(35)は昨年10月、生まれ故郷に活動の拠点を移した。ここ5年ほど都内で執筆していたが、家族の死をきっかけにUターン。青梅は子どものころ祖父母とテレビの時代劇に親しんだ作家としての原点の地でもある。

創作環境としての青梅を「東京から微妙に遠く、こちらに来たからこそ見えてくるものがあるはず。青梅の魅力はぎゅっと都会が詰まっているが、適度皮むくと歴史が顔を出す」と評価。

帰郷の翌月には最新刊も発売された。箱館戦争を舞台にした松前家中の少年と土方歳三の物語『北斗の邦に翔ベ』(角川春樹事務所)である。「五稜郭で土方を撃ったのは松前藩の少年隊士らしいとの説に着想を得て2人の出会いと交錯する運命を描いた」

青梅市には戦中・戦後に吉川英治氏が疎開していた。小説を書くとき「住んでいる場所に田舎。史蹟や資料もかなり残っていて、一の影響は間違いなく受ける」という谷津さん。歴史小説の分野では誰もが大家と呼ぶ先達の遺風を、彼の作品がどう受け継ぐのか……。これからの仕事に期待したい。

一棟貸しの宿泊施設 3月オープン

飯能市の温泉旅館 大松閣 遊び心いっぱいのサウナ

飯能市下名栗の温泉旅館大松閣(柏木宏泰社長)は、一棟貸しの宿泊施設を3月にオープンする。新しい生活様式のリゾート需要に応える施設を目指す。

完成をイメージしたイラスト

 本館から徒歩5分ほどの名栗川沿いにあるカフェギャラリー「ハミング・HUMMING」を改築し、宿泊施設として再生する=写真。 カフェスペースはラグジュアリーな室内空間になり、上質な睡眠が提供できるようこだわりの寝具を導入する。ガーデンスペースだった場所には大きなウッドデッキを設け、遊び心いっぱいのサウナと露天風呂を置くという=イラスト。

宿泊業が新型コロナウイルスの感染拡大で大打撃を被る中、1日1組しか受け入れない一棟貸しの宿泊施設は静かな人気を呼んでいる。

「知らない人との接触を避けたい」「マイペースで過ごしたい」「人目を気にしたくない」といったニーズと合致。西多摩周辺では近年、山梨県小菅村に古民家ホテル、あきる野市養沢にある養蚕農家の屋敷を修繕した宿などが開設されている。

父の背中 ■13■ 先代の仕事と教え

山を山として守り育てる

林業家 山﨑靖代さん

かつて多摩川上流の青梅以西は青梅林業地と呼ばれ、江戸に足場丸太を供給していた。そして令和の時代、ここの木材は「多摩産材」として流通している。東京都森林組合も供給事業者で、山﨑靖代さんは副組合長を務める。

「その手応えを今年2月、中央大学多摩キャンパスに新棟が竣工したときに感じた。仕上用の素材に私どもの山から直接調達した木材が使われている。木のぬくもりのある空間を演出するというコンセプトに貢献できた」

顔をほころばせながら話す山﨑さんは約400年前から続く林業家の18代目に当たる。先祖から受け就いた山林は、青梅市と奥多摩町、日の出町を合わせ300㌶。それを1996年に亡くなった父の正まさし氏から引き継ぎ管理を続ける日々を過ごす。山を山として守り育てる

「祖父の文五郎が山にスギだけでなく、市場価格の高いヒノキも植えることで生業を盛り立てたと聞いている。長男の父がその流れをしっかりと守ってきた。一人娘の私には厳しく、跡継ぎとしての行儀作法をしこまれた」

正氏は、東京府立第二中学校(現立川高校)から日本大学法学部に進んだ。卒業後は京王帝都電鉄の不動産部門で沿線の用地買収などにたずさわった。やがて実家に戻り、家業のかたわら青梅市森林組合長や青梅青色申告会長などいくつもの役職を兼ねていたという。 「すでに小学生時代から家の仕事をするという決意はしていた。ただ、父のうしろ姿を見つめつつも、引き継ぐまで林業経営については任せきり。育林作業などは先々代からうちに仕えてくれた〝庄屋〞といわれる番頭さんのような立場の人に教えてもらった」

それがいかに重要だったかがいまにしてわかる。山林を手放さず、今日まで続けられたのが何よりの証左だ。だからこそ、山﨑さんは、伐きって、売って、また植えるという先祖伝来のサイクルを確かなものにして、山を山として守っていきたいと語る。

【岡村繁雄】

コラム執筆者

編集室システムU

西多摩地域を中心とした東京25区管内の政治、行政、経済社会、トピックスなどを配信する「東京25ジャーナル」の編集室。
“地域の今”を切り取ります。

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