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歴史スケッチ その1

コラム

歴史スケッチ

文と画は大倉十彌也さん。
「青梅うんちく散歩」のガイド役や「青梅再発見」の著者でも知られる大倉さんがスケッチブックを手に西多摩の歴史・文化を巡ります。


 

延命寺とむかし道 その「むかし道」からの入り口

「住吉山」の額のかかる山門からのスケッチは別名の「お呑龍さま」とも呼ばれる、青梅市住江町の延命寺本堂です。

延命寺のこの山門は、戦国時代に長渕村や千ヶ瀬村からの道が、お寺の南で西に曲がり、滝ノ上や天ヶ瀬へと続いていた当時の正面の門であった証拠です。青梅街道から坂を下って入る、現在の入口は江戸時代からの新しい入口と言われます。

今から95年前、昭和5(1930)年刊行の「堺市史」によれば、市内長渕に14世紀のはじめに開山した玉泉寺の末寺として、応安2(1369)年に、泉州(大阪)堺出身の季龍(きりゅう)禅師が開いた臨済宗のお寺です。その際に堺の住吉明神を、境内であった後山の稲荷山に寺の守りとして、勧請したとあります。

神社は明暦元(1655)年に青梅の総鎮守となり、さらに明治12(1879)年、郷社に列格しています。令和の現代、かつての別当制度こそありませんが、延命寺と住吉神社とは深いゆかりで結ばれ、山号の「住吉山」がすべてを伝えているのです。

寺宝の三十三体曼荼羅や開山季龍の筆、鉄板の棟札(市の文化財)についての記述も「堺市史」の第七巻(九)にあります。本堂の背後には高層マンションが建設され、かつての「住吉山」の眺望が失われてしまいました。

(画・文大倉十彌也)

コラム執筆者

大倉 十彌也

文と画は大倉十彌也さん。「青梅うんちく散歩」のガイド役や「青梅再発見」の著者でも知られる大倉さんがスケッチブックを手に西多摩の歴史・文化を巡ります。

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