多摩郡の豪族「今井氏一族の墓」

このスケッチは、青梅市東部の今井に遺る、およそ620年前の応永年間(1403年?)に当地を支配した「今井氏の墓(市指定史跡)」の一部である。
多摩郡の青梅が入間郡金子(現・入間市)と接する今井2丁目。その地にある正福寺の墓園内に、墓石群は静かに祀られている。正福寺は、鎌倉時代の元寇(文永の役・弘安の役)を経た正応年間(1288〜1293年)に建立された。一遍上人が開いた時宗のお寺である。
かつてこの地に今井城を構えた今井一族の菩提寺であったが、後年の火災によって本堂をはじめ仏像や過去帳、古文書類を焼失。現在は中世の墓石群だけが往時を留めている。
江戸時代の地誌『新編武蔵風土記稿』には、「『応永二年(1395)今井四郎為菩提』と足裏に記された阿弥陀如来像がかつて祀られていた」と過去形で記述されている。地元では「寺の本堂は今井城の落城の際と、安土桃山期の文禄元年(1592年)に焼け、現在の本堂は嘉永3年(1850年)に再建されたもの」と伝承されている。
今井1丁目に残る今井城跡も、現存する堀や曲輪(くるわ)のほかには出土した青石塔婆があるのみで、詳細な記録は残っていない。それゆえ、史跡「今井氏の墓」は一族の存在を今日に伝える極めて貴重な歴史遺産といえる。
五輪塔など20基に及ぶ墓石群のうち、2基の「宝篋印塔(ほうきょういんとう)」には応永10年(1403年)と応永14年(1407年)の年代が刻まれているとされるが、筆者には620年前の文字までを読み取ることはできなかった。しかし、かつてこの今井の地で、有力な一族の葬送が厳かに営まれたという歴史の大きな足跡が、これらの墓石に刻まれていることに違いはない。
(画・文 大倉十彌也)元青梅市職員としての知識を活かし、地域の歴史や文化を伝える多才な文化人。
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