渡辺禎雄デビューは青梅

スケッチの建物は、西多摩で最も永い歴史をもつ日本基督教団青梅教会の会堂です。記録には初代の会堂は1909(明治42)年、青梅町本町に建築、1939(昭和14)年、西分に広い敷地を得て移築されたとあります。
この木造洋館の会堂は1967(昭和42)年に、東青梅3丁目の現会堂が建設されるまで、会堂として、また幼稚園として大切に使われたものです。
この西分の会堂に毎週通われた信徒の中に、戦災で勝沼に疎開されていた渡辺禎雄氏の一家がおられました。染色職人の修行をし、日本民藝運動や芹沢銈介氏に学び工芸家として、和紙への「型染め」を試み、現在の「型染版画」を芸術に引き上げた人物と言われます。
敗戦直後の物不足の中で、制作に取り組んだ努力家の渡辺氏を支え励ましたのは、青梅教会の久山牧師や信徒だけでなく、当時交流のあった横田基地の将校クラブの人々だそうです。
また、将校たちは帰国後、米国各地での展示会や大学のワークショップに渡辺氏を招き、国際的デビューを具体的に援助しています。広く知られ高められた評価は、ヴァチカン美術館に17点もの作品の所蔵につながりました。
民族や文化に縛られぬ、祈りに満ちた独特な「型染版画」の誕生が青梅町だったと知る人は少ないようです。
(画・文大倉十彌也)
■大倉さんは、NPO法人 青梅まちづくりネットワークが開催する「青梅うんちく散歩」の案内人。長く青梅市職員として文化財、教育行政に携わってきた。著書に「青梅再発見」などがある。
Insta投稿
ポスト
シェア
LINEで送る