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多摩川がつなぐ森と街

コラム

~東京の森から~東京チェンソーズ

檜原村の林業会社「東京チェンソーズ」が、街プレ読者の皆様にお届けする東京グリーンプレス!

毎日、西多摩の山々で暮らす僕たちが、リアルな西多摩の自然の姿をお届けします。

その距離感・密度を歩いて実感

羽田の歩き始め。川幅も広く流れもゆっくり

昨年末、羽田から多摩川沿いを上流に向かって歩きました。総距離70㌔㍍。クルマなら1時間半で行くところを、時速4㌔㍍、3日間かけて歩き通しました。なぜ、そんなことをやったかというと…。

大正期まで、山で伐り出した木材は筏を組んで川を流して運んでいました。私たちが拠点とする檜原村の場合、秋川から多摩川を経て、江戸・東京へ。管流しと言って、丸太を1本ずつ流す方法がとられていました。戸倉を過ぎ、川幅が広がったところで筏を組み、そこからは筏で流し、主に六郷(大田区)まで運んでいたといいます。平均して3日かかったそうです。このように川は、かつては木材を通じ、今は水を通じ、森と街をつなげています。このことを実感しようと歩きました。

府中では河川敷でマラソン大会が開催

ところで、筏で木材を流していた頃は、六郷のあと、どうやって山まで帰っていたのでしょうか。気になって調べてみると、筏道なるものがあることを知りました。周辺の関係する区や市の資料にも多数残っているようです。行きに3日かかったと前述しましたが、筏道を歩く帰りも3日かかったそうです。ルートは複数あり、道中には宿や酒屋もあったようで、木材を売って得たお金もあるしで、楽しい旅だったのかなと想像されます。

2日目以降、奥多摩の山が少しずつ大きく見えて来ました。府中を過ぎたあたりからは、手付かずの河川敷も見られるようになりました。ただ、街の暮らしと川がかけ離れてるかというとそういうわけでもなく、サイクリングやジョギングする人は多数います。昭島辺りまで来ると山も大きく見え、川との関係が意識できます。ゴールはあきる野市のかつて筏を組んでいたといわれる河原です。70㌔㍍を3日に分け、18時間かけて歩き通しました。実際歩くことで街と森の距離感というか密度を掴んだように思います。

睦橋からは朝日に輝く山並みが見える。中央が大岳山

 

コラム執筆者

東京チェンソーズ

今日も森にいます
株式会社 東京チェンソーズ
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