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父子鷹、文教に賭けた志

父の背中 先代の仕事の教え

新型コロナの感染拡大で2年ぶりの開催となった全国高校野球。

東海大菅生高校野球部は、春の選抜出場に続いて、今夏の西東京大会も勝ち抜き、甲子園への切符を掴んだ。

1996年の初出場以来、8度目の快挙である。

 「甲子園は本校の創立者で初代理事長でもあった父・久の最初からの夢だった。83年、秋川市(現あきる野市)に私学を建てる際、父は開校訓のひとつに〝無限〞を掲げた。甲子園での健闘は、野球部員たちの限りない可能性を信じ切った成果にほかならない」

現在の菅生学園理事長である島田幸成氏がこう話す背景には久氏と松前重義氏との出会いがある。

東海大学創設者、衆議院議員として、教育と政治の分野で活躍。戦時中、反軍部の立場で行動。戦後は国際交流に取り組む生き方に共鳴した久氏は松前氏に私淑する。

「羽村生まれの父は青梅農林を卒業すると、政治への志を胸に日本社会党本部に書記として就職。そこで松前先生と知り合い、30歳のころ、湘南キャンパスで『現代文明論』の講義を聞いた」という。

技術と精神の融合を説く見識への感銘はやがて、菅生高校の設立、代議士当選につながっていく

幸成理事長自身、小学生のときに松前氏と握手をした体験を持つ。

それは温かい大きな手だったという記憶はいまも鮮やかだ。これが幸成氏をして父親の、そして松前氏のうしろ姿を追わせた原点かもしれない。

「早稲田大学で英文学を学び、英国留学と東海大大学院で研鑽を重ねた。学園が発展期を迎えていた02年に30代で中等部の校長、その後高校校長に就任。09年から2期8年、都議会議員として活動。父と同じように二刀流の日々を過ごした」

その幸成氏、この秋には東京25区から衆議院選挙に初挑戦する。めざすのは、住民に寄り添う「まっとうな政治」。

久氏の温厚な遺影が見つめる執務室で強い決意を示した。

【岡村繁雄】

コラム執筆者

編集室システムU

西多摩地域を中心とした東京25区管内の政治、行政、経済社会、トピックスなどを配信する「東京25ジャーナル」の編集室。
“地域の今”を切り取ります。

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